潮見表を見ていて、ふと疑問に思ったことはないでしょうか。 「なぜ何ヶ月も先の満潮時刻が分かるのか」。 天気予報は3日先でも外れるのに、潮位は1年先まで分単位で予測されています。
答えは、潮汐が「天体の運行」だけで決まるからです。 天気は大気の複雑な流れに左右されますが、潮汐を起こしているのは月と太陽の引力という、極めて規則正しい力です。 だから計算で求められる。 潮どきがインターネット接続なしでも全国の潮位を表示できるのは、この計算を端末の中で完結させているからです。
この記事では、その計算の中身——調和定数と分潮——を、潮どきが実際に使っている全国24地点の数値を示しながら解説します。
潮汐は「いくつもの波の重ね合わせ」
潮位の変化を1本の波として捉えると、その形は複雑で規則性が見えません。 ところがこの波は、周期の異なる単純な波(サインカーブ)を何本も足し合わせたものとして分解できます。 この1本1本を「分潮(ぶんちょう)」と呼びます。
たとえば月が地球を回ることで生じる潮は、約12時間25分の周期を持つ波になります。 太陽によるものは、ちょうど12時間の周期です。 この2つは周期がわずかに違うため、重なり方が日々変化します。 強め合うときが大潮、打ち消し合うときが小潮です。 大潮・小潮という現象は、実は「2つの波の干渉」として説明できてしまいます。
潮どきの潮汐計算エンジンは、主要な8つの分潮を合成して潮位を求めています。 この方法を調和合成法(Doodson 法)と呼びます。
主要8分潮——それぞれが何を表しているか
潮どきが使っている8つの分潮は、次のとおりです。 名前の末尾の数字は「1日に何回の周期か」を表します。 2 が付くものは1日約2回(半日周潮)、1 が付くものは1日約1回(日周潮)です。
- ▪M2(主太陰半日周潮・周期12時間25分)——月が作る最も基本的な潮。日本のほとんどの地点で最大の分潮
- ▪S2(主太陽半日周潮・周期12時間ちょうど)——太陽が作る潮。M2 との干渉が大潮・小潮を生む
- ▪N2(主太陰楕円潮・周期12時間39分)——月の軌道が楕円であることによる変化
- ▪K2(日月合成半日周潮・周期11時間58分)——月と太陽の赤緯(天の赤道からの傾き)による成分
- ▪K1(日月合成日周潮・周期23時間56分)——月と太陽の赤緯による1日1回の成分
- ▪O1(主太陰日周潮・周期25時間49分)——月の赤緯による1日1回の成分
- ▪P1(主太陽日周潮・周期24時間4分)——太陽の赤緯による1日1回の成分
- ▪Q1(主太陰楕円日周潮・周期26時間52分)——月の軌道の楕円性による日周成分
調和定数——地点ごとに違う「振幅」と「遅角」
分潮の周期は世界中どこでも同じです。 月の公転周期は場所によって変わりませんから当然です。 地点によって変わるのは、それぞれの分潮が「どれくらいの大きさで現れるか(振幅)」と「いつ最大になるか(遅角)」の2つ。 この組み合わせを調和定数と呼びます。
調和定数は、その地点で実際に潮位を長期間観測し、そこから逆算して求めます。 潮どきは海上保安庁・気象庁が公表している値を使っています。 一度求めてしまえば、あとは天体の運行から何年先でも計算できます。
下は潮どきが使っている代表的な地点の M2 分潮の振幅です。 同じ日本でこれだけ違います。
- ▪広島(瀬戸内海): M2 = 101.5cm
- ▪名古屋(伊勢湾): M2 = 64.7cm
- ▪那覇(沖縄): M2 = 57.5cm
- ▪東京(東京湾): M2 = 47.8cm
- ▪仙台・塩釜(東北太平洋): M2 = 34.7cm
- ▪浜田(島根・日本海): M2 = 7.9cm
- ▪佐渡(新潟・日本海): M2 = 5.5cm
- ▪稚内(北海道北部): M2 = 2.2cm
形数 F——その地点が半日周潮か日周潮かを判定する
調和定数が分かると、その地点の潮汐が「1日2回型」か「1日1回型」かを数値で判定できます。 使うのは形数(form number, F)と呼ばれる指標で、日周成分と半日周成分の比で定義されます。
F =(K1 の振幅 + O1 の振幅)÷(M2 の振幅 + S2 の振幅)
F が 0.25 未満なら半日周潮、0.25〜1.5 で混合潮(半日周が優勢)、1.5〜3.0 で混合潮(日周が優勢)、3.0 を超えると日周潮に分類されます。 潮どきの各スポットページに表示している「潮汐型」は、この計算結果です。
潮どきが持つ24地点を実際に判定すると、21地点が「混合潮(半日周が優勢)」、深浦と石狩(小樽)が「混合潮(日周が優勢)」、そして稚内だけが F = 3.08 で「日周潮」に分類されます。 稚内は1日に満潮・干潮が1回ずつしか来ない日がある、日本ではかなり特殊な地点です。
ノードファクタ——18.6年周期の補正
調和定数だけでは、まだ精度が足りません。 月の軌道面は地球の公転面に対して傾いており、その傾きの向きが18.6年かけて一周します。 この影響で、各分潮の振幅と位相はゆっくりと変動します。
この補正をノードファクタ(f, u)と呼び、潮どきの計算エンジンにも実装されています(Schureman の方法)。
ノードファクタは1日の中ではほとんど変化しないため、潮どきでは正午基準で1日1回だけ算出して、その日の全時刻で共有しています。 計算量を減らしても精度は落ちません(差はミリメートル未満)。
実際どれくらい合っているのか——気象庁の潮位表と照合した
8分潮による計算がどこまで実用になるのか、気象庁が公表している2026年の潮位表(毎正時の推算値、1地点あたり8,760時間分)と突き合わせて確かめました。 基準面のとり方の違いは定数なので、年間平均を揃えたうえで各時刻の差を取っています。
- ▪稚内: 平均絶対誤差 5.9cm
- ▪東京: 6.6cm
- ▪土佐清水: 8.8cm
- ▪那覇: 9.6cm
- ▪名古屋: 9.8cm
- ▪大阪: 10.4cm
- ▪神戸: 10.7cm
- ▪広島: 32.8cm
推算値であることの意味
ここまでの計算で求まるのは「天体の運行だけで決まる潮位」です。 実際の海面はこれに気象の影響が加わります。 低気圧が近づけば海面は吸い上げられて高くなり(気圧が1hPa下がると約1cm上昇)、強い風が岸に吹き寄せれば水位はさらに上がります。 台風時の高潮はこの極端な例です。
潮見表の値と実測がずれるのは計算が間違っているのではなく、気象要因が乗っているためです。 潮どきが表示しているのはあくまで推算値であり、荒天時ほど実際とのズレは大きくなります。 釣行の安全判断では、必ず気象庁の警報・注意報と合わせて確認してください。
潮どきで確認する
各釣り場のページには、その地点の潮汐型と大潮時の干満差の目安を表示しています。 これは上で説明した形数 F と分潮の振幅から算出した値です。 当月の潮見表では、満潮・干潮の時刻と潮位、日ごとの干満差を一覧で確認できます。
自分の通う釣り場が半日周潮なのか日周潮寄りなのかを知っておくと、「1日に2回チャンスがあるのか、1回しかないのか」という釣行計画の前提が変わります。